心配してくれる人がいるということ

孤独を飼いならしている私は、長く一人でいても、耐えられないくらいの孤独感に襲われるということはない。

 

 

愛情表現が苦手な親の下で育ち、学生時代も透明人間のように存在感がなく過ごしてきたので、誰も私のことなんぞ気にもかけてくれないし、いてもいなくても同じな存在と自分で思い込んでいた。

 

 

だけど不思議なもので、大人になればなるほど、歳を重ねるほど、私のことを気遣ってくれる人の存在に気付き始めるのだ。

 

 

心が年とともに成長し、物事を多角的に捉える柔軟さが出てきたのか、色んな気づきを与えられる。

 

 

そして感謝の気持ちが溢れ出る度に、更に人の優しさを感じるアンテナが、たくさんの優しさをキャッチするのだ。

 

 

今日も私の退院後の体調を心配して電話をくれた人がいて、その人に食事に連れて行ってもらった。

 

 

体調だけでなく、私がこの先ひとりで生きていくことまでも心配してくれている。

 

 

昨日までは、仕事が全くできない高給取りの管理職の指導を、下の立場の私がマネジメントするというおかしな状況に嫌気がさし、こんな人間とペアを組んで仕事をして行く自信がなくなり、頭がおかしくなりそうだった。

 

 

そんなイライラも夜にはおさまり、ニュートラルな状態な戻れた。

 

 

心配してくれる人がいるって心強い。

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